Banksy解説③ いかにしてバンクシーは海外進出を果たしたか

自由研究 | 12/03/2019

第一回は1990年代から2003年のテートブリテン襲撃までを、そして第二回は年代ではなく「パレスチナのバンクシー」にフォーカスし、2003年・2005年・2015年・2017年のイスラエルでの作品を追ってきました。今回はそれに続くバンクシー編第3弾です。

前回がイレギュラーだっただけなんですけど、今回は再び当初のスタイルに立ち返り、2004年以降のバンクシーの足跡を年代とともに辿ります。

2003年のテート・ブリテンの一件以降、バンクシーはイギリス国内を騒がせるいたずら者として、頻繁にニュースに取り上げられるようになります。2004年からはいわゆる「グラフィティ」の範疇に留まらない作品を多数発表し、世間を驚かせました。


2004年、ノッティングヒル・フェスティヴァル襲撃


ノッティングヒル・カーニバル。1960年代、ロンドン・ノッティングヒルにおいて、カリブ系移民の影響下において始まった、ロンドンを代表するフェスティバルのひとつです。

ノッティングヒル・カーニバル(2004)(Wikipedia)

次なるバンクシーの標的は、このフェスティバルでした。
熱狂とともにごった返す群衆の中に、どこからか突如、こんなものが投げ込まれます。
10pound
バンクシーが次に仕掛けたいたずらは「偽札」でした。*
エリザベス女王の肖像をダイアナ妃にすげ替え、イングランド銀行、すなわち「BANK OF ENGLAND」の表記をもじった「BANKSY OF ENGLAND」製の紙幣を大量に作り、人々でごった返すフェスティバルの会場に投げ入れたのです。

さらには、フェスティバルの最中にこの紙幣を誰かが使用した形跡も見られたそうです。普通に10ポンド(1300円くらい?)として使われちゃったらしいです。使えるレベルとなってしまうともちろん通貨偽造です。

ところがこの紙幣に関する騒動は、それだけでは終わりませんでした。この騒動がバンクシーの仕業であることが明らかになるや否や、問題の10ポンド紙幣がすぐにebayなどに出品され、一銭の価値もないはずの「偽札」が、200ポンド以上に跳ね上がってしまいました。


美術館襲撃、再び


第1回でもお伝えした通り、2005年前後の期間をバンクシーの「海外進出の年」と位置づけることができます。バンクシーは、かつてテートブリテンに仕掛けたいたずらを海外で敢行。2004年4月、パリ・ルーヴル美術館、ロンドン自然史博物館に、そして2005年3月、ニューヨークの4つの美術館に、5月に大英博物館に侵入し(開館時間中に普通に客として入っただけ)、美術館の壁に勝手に自身の作品を展示します。
犯行の瞬間。

当時のバンクシーのウェブサイトにはご丁寧に、CURRENT EXHIBITIONS(現在開催中の展示)としてこれらの作品が掲載されていました。撤去されてからは「REMOVED」になったみたいですが。

メトロポリタン美術館の作品
▲05年3月、メトロポリタン美術館 [ニューヨーク]*


ニューヨーク近代美術館の作品
▲05年3月、ニューヨーク近代美術館(MoMA) [ニューヨーク]*


ブルックリン美術館の作品
▲05年3月、ブルックリン美術館 [ニューヨーク]*


自然史美術館の作品
▲05年3月、自然史博物館 [ニューヨーク]*


自5月。大英博物館
▲2005年5月、大英博物館 [ロンドン]*


もちろん全ての作品にはキャプションも取り付けられており、職員曰く「他の展示品と調和していた。タイトルの付け方も本物そっくり」だったそうです*

ちなみに大英博物館に展示された、原始時代の壁画の一部を模した作品「Wall Art(East London)」には、こんなキャプションが取り付けられていました。

この保存状態のよい原始美術の一例は、カタトニック時代後期のもので、郊外の狩猟場へゆく原始の人間を描いていると考えられています。

このアーティストはBanksymus Maximusという名でイングランド南東部にかなりの量の作品を残したことが知られていますが、彼についてはほとんどが知られていません。

残念ながら、このタイプの芸術のほとんどは残っていません。その大部分は、壁を塗りつぶすことの芸術的価値と歴史的価値を認識できない熱心な市職員によって破壊されてしまっています。


パリス・ヒルトン


前回の記事の通り、2005年はヨルダン川西岸地区襲撃の年でもありました。それに関しては別稿に譲っていますので割愛しますが、いずれにせよ、パレスチナ問題にコミットしたという事実によって、バンクシーは「単なるいたずら者」ではなくなりました。

しかし、決して「社会的」に偏るわけでもなく、どうでもいいジョークも交えながら皮肉に満ちたいたずらを継続。今度はヒルトンホテル創業者の孫である「お騒がせセレブ」、パリス・ヒルトンをネタに。

2006年9月3日、イギリス中のCDショップで、発売されたばかりのパリス・ヒルトンのアルバム数百枚を、本物そっくりに作った偽物にすり替えます。すり替えられたCDには、「なぜ私は有名なの?」「私って何かした?」「私はなんのためにいるの?」というタイトルが。

すり替えられたCD。2ndプレス盤?(discogsより)*
さらにこのCD、バーコードだけオリジナルのものを残したため、会計もそのままレジを通過して売れてしまったそうです。*


これ、どうやら本物と思しき音源がYoutubeに上がってるんですが、手がけているのがなんとDanger Mouseなんですね。Cee-lo Greenとのユニット、Gnarls Barkley名義のこれとか日本でも有名ですね。


もう誰も覚えてないでしょうし、若い人はそもそも知らないと思うので改めて当時のパリス・ヒルトンに少しだけ触れておきます。元々はモデルとして活動していたんですが、2003年に彼女の恋人によって、彼女のセックステープが流出してしまいまして、その直後に折り悪く(良く?)、彼女が出演するリアリティ番組『シンプル・ライフ』が放送されたんですね。例のビデオの話題性も大いに手伝い、番組は大ヒットを記録しました。

そしてその奔放な生活や間抜けな言動などは格好の揶揄の対象となりまして、一躍マスコミを賑わす存在に。そして時の人となった彼女は映画や音楽にも進出。演技や音楽に関しては「思ったより悪くなかった」という意見もありつつ、評論家からは概ね酷評で、要は、当時「叩きやすかった人」だったんですね。セックステープをめぐる一連の騒動も、現代の感覚であれば「性的搾取の被害者」として扱わるべき事案だったでしょうに(合意の上での公開だったか否かについて、訴訟沙汰になっています)。

バンクシーが行なったこのパフォーマンスに関しては、パリス・ヒルトンという「解りやすいゴシップ・アイコン」を攻撃したことについて、少なからず批判もあるようです。ジャケ写もわざわざ乳首を出す修正が加えられていまして、正直個人的には、この辺もちょっと浅すぎやしないかなぁという気がしないでもないです。

しかしながら、UKのCDショップを舞台に「アメリカ的ゴシップ」をネタにしたこのパフォーマンスは、ともすると、のちに展開される「アメリカ本格進出」のためのプロモーションのひとつであったのかもしれません。バンクシーはこの直後、今度はアメリカで、もう一回りドギツいパフォーマンスを実行します。カリフォルニアのディズニーランドを襲撃したのです。


ディズニーランド襲撃


2001年9月11日、ニューヨークの貿易センタービルに2台の旅客機が激突しました。その数十分後、国防総省本庁舎(ペンタゴン)にも旅客機が激突。このいわゆる「アメリカ同時多発テロ事件」を、時のブッシュ政権は「ウサマ=ビン=ラディンをリーダーとする、イスラム過激派テロ組織 “アルカイダ” の犯行」と断定。アメリカは「アルカイダと関係を持っている可能性がある」として、アフガニスタン、イラクを攻撃。ブレア政権下のイギリスもこれに協力。また、フセイン政権と敵対していたイスラエルもこれを支持します。こうして始まったアフガニスタン紛争、イラク戦争により、中東情勢はいっそう泥沼化します(この辺、バンクシー特集パート1、パート2なんかとつながってきますね)。

「9月11日」はアメリカにとってのある種の忌日なわけですが、バンクシーがディズニーランドを襲撃したのはまさにこの日、2006年9月11日でした。バンクシーはビッグサンダーマウンテンのセットの中に忍び込み、オレンジ色の服を着せた、人型の風船をフェンスに括りつけました。

ビッグサンダーマウンテンは緊急停止。ディズニーランドは大騒動になりました。
ディズニーランド
この人形が「グアンタナモ湾収容所」を意味することは明白でした。

2002年にグアンタナモ米軍基地の中に設置されたこの施設には、アフガニスタン紛争・イラク戦争において「テロに関与しているか、もしくは何らかの情報を持っている」疑いを持たれた人々が「強制連行・収容」されたことで知られています。
グアンタナモ収容所
エックスレイ・キャンプに到着間際の収監者(Wikipedia)
そしてのちに、施設内での被収容者に対する日常的な虐待 -実質的な「拷問」- の実態が告発されるにいたり、この収容所に関するアメリカの行為は、世界中から強く非難されました。

9月11日、バンクシーは「夢の国」に、アメリカの現実を突きつけたのです。

この「ディズニーランド襲撃」は当然ながら大いに話題を呼びました。そしてこれらの用意周到な「プロモーション」のあとで満を持して、2006年9月14日、エキシビション「Barely Legal(かろうじて合法)」は開催されました。


かろうじて合法


2006年9月14日、Barely Legal開催。メディアプレビューの二時間前になって公開された開催場所は、ロサンゼルスのダウンタウンの工業地帯にある古い倉庫でした。所狭しと作品が並ぶ中、この中で最も目を引いたのは、ダマスク柄にペイントされた本物の象でした。
部屋の中に象
『ELEPHANT IN THE ROOM』

間に合わせのような「部屋」の中に、その壁紙と同じ柄でペイントされた「象」。『Elephant in the room』と題されたこの作品には、当然ながら動物愛護団体からの抗議が殺到しました(「象」を使用することに関する許可は事前にとっていた)*
しかしおそらくこの作品は、公開後に巻き起こることが当然予想されたであろう、これらの反応をも織り込んだものでした。

エキシビション「Barely Legal」のフライヤーにはこんな言葉が書かれていました。

There’s an elephant in the room.
There’s a problem that we never talk about.

The fact is that life isn’t getting any fairer.

-1.7 Billion people have no access
to clan drinking water.
-20 Billion people live below the poverty line.
-Every day hundreds of people are made to feel
physycally sick by morons at art shows telling them
how bad the world is but never actually
doing something about it.

Anybody want a free glass of wine?


タブーがあります。
私たちが決して触れない話題が。

事実、人々の暮らしがこれ以上フェアになることはありません。

-17億人が清潔な飲み水にアクセスできません。
-20億人が貧困ラインを下回る収入で暮らしています。
-アートショーを訪れ、この世界がいかに悪いかを語りながらも、それに対して何の行動も取ろうとしないバカどものために、毎日数百人が病気になっています。

ワインを一杯、無料でいかがですか?

barely legal フライヤー
「Elephant in the room」とは、英語で「誰もが気づいているにもかかわらず、口に出して言いたくないこと」を意味する慣用句です。バンクシーはこの作品を通じて、誰もが世界の貧困問題を直視しないことを皮肉りました。そしてそのメッセージは、人間の間にある不平等を差し置いて、「象の権利」を訴える声が大きくなるほどに際立ちました。

論争とともに盛況を博したこのエキシビションには、ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー、キアヌ・リーブス、ジュード・ロウ、クリスティーナ・アギレラなど、ハリウッドの著名人も多数駆けつけます。*
そして、ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー夫妻が、このエキシビションで20万ポンド(3000万円弱)分の作品を購入した*ことも、大いに話題を呼びました。
離婚
クリスティーナ・アギレラ

離婚
ブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー夫妻(当時)

こうして、周到な計画のもと、バンクシーは本格的な海外進出を飾ったのです。

サザビーズに出品、暴騰


そして「Barely Legal」直後の2006年10月18日をきっかけに、バンクシーの評価は暴騰。この日バンクシーは、世界で最も権威あるオークションハウス「サザビーズ」の競売に初めて出品されます。複数の作品が出品され、ある作品は予想落札額の2倍以上、57,600ポンド(約800万円強)まで跳ね上がり、これは彼の最高額を更新しました。

monalisa
57,600ポンドで落札された『Mona Lisa』
そしてバンクシーの作品の落札価格は翌年以降もサザビーズに出品され、さらに暴騰を続けます。
FUCK THE POLICE
「Police」 2007年6月 156,000ポンド(約2200万円)で落札 *


The Rude Lord
「The Rude Lord」 2007年10月 322,900ポンド(約4500万円)で落札 *
keep it spotless
「Keep it Spotless」 2008年2月 1,870,000ドル(約1億9000万円)で落札 *

中でも、『Keep it Spotless』は、ダミアン・ハーストの「Spot Painting」への破壊という点も考慮され、1億9000万円という破格の落札額を叩き出しました。

あらゆるものに対する評価は、究極的にはそこに付けられた金額の大小で語られます。かくして鮮烈な海外進出を果たしたバンクシーは、ロンドン、ニューヨークのサザビーズオークションの常連となり、ストリートのいたずら者から第一線の現代アーティストへと変貌を遂げました。

バンクシーは銭ゲバ野郎か、芸術家か


もちろん、バンクシーのこの「成り上がり」をこそ、商業主義的であると批判することもできるでしょう。舞台をアメリカに据えたこの一連の動きからは、確実に自らを「アート」の文脈に乗せてやろうという計算高さが伺えます。
しかし同時にこうも言えます。彼は周到な準備のもとアートの文脈に入り込み、自らに権威を「与えさせてしまう」ことで、「アート」という業界をそっくりそのまま戯画化したのだと。

バンクシーは、オークションで自身の作品が売れた時、こう吐き捨てたそうです。「こんなゴミを買う間抜けがいるなんて信じられない」[「YOU ARE AN ACCEPTABLE LEVEL OF THREAT」より]。彼は自らに与えられた「権威」すらも皮肉の対象にしました。以下は画集「Wall and Piece」からの引用です。

僕らが見るアートは、選ばれた一握りの人々によってつくられる。わずかな人々が創造し、推進し、購入し、展示し、そして、アートの成否を決める。世界で、ほんの数百の人間だけがリアルな発言権を持っている。美術館に出かけていく君は、大金持ちのトロフィー棚を眺めている旅人にすぎないのだ。


バンクシーが単なるずる賢い商売上手の銭ゲバ野郎なのか、作品を武器に世界の矛盾を白日のもとに曝け出す芸術家なのか、あるいはその両方なのか。その判断は各々方に委ねます。

さて、2005年にバンクシーが「すぐに市職員に破壊されてしまう古代の壁画の一部」を勝手に展示した大英博物館が、昨年(2018年)、世間を驚かせました。例の作品を「正式に展示」することを発表したのです。*


大英博物館公式Instagram


14年前、ある青年によって、「壁を塗りつぶすことの芸術的価値と歴史的価値を認識できない熱心な市職員」を揶揄するために仕掛けられたイタズラは現在、晴れて大英博物館の「永久所蔵品」となりました。


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