[補遺] YOU THE ROCK★とTHA BLUE HERB BEEF史、追記&あとがき

音楽 | 11/16/2021
補遺というほどでもないんですが、本編に入り切らなかった部分などを中心に。本編はこちらです。


「THA BLUE HERBとYOU THE ROCK★の間に発生したBEEF」みたいな話はもうある程度語られてきているし、今さら主題がそこだけというのもちょっと幼稚かなぁなどと思い、それじゃあそこに何か、これまであまり語られてきていない、新しい視点を加えるとしたら何だろうと考えたときに「DJ YAS」という存在が思い当たり、この3人を軸に組み立てみよう、という結論に至った次第でした。

ブルーハーブは98年の秋に1stアルバムをアナログでリリースしてから、それがジワジワと東京で注目を集め、99年の5月に六本木「CORE」でのライブを行い、およそ4ヶ月後の99年9月に東京での2度目のライブを行っているんですが、それが当時の「YELLOW」での「TIGHT」というイヴェントだったんですね。というのを当時のBLASTで見つけて、あ、そうだったんだ!と色々自分の中で繋がりまして。本編でも触れましたが、この「TIGHT」は、DJ YASとDJ QUIETSTORMによるイヴェントでした。00年代初頭から、BOSS THE MCはたびたびDJ YASの名前をネームドロップしていたはずなので、この時点でのつながりがあったんだなぁと。

で、DJ YASといえば、当然ながら「雷」の人であり、「証言」の人です。そしてYOU THE ROCK★も言わずもがな、「雷」であり、「証言2」であり、というかさんピン以前のシーンのど真ん中の人でしたから(さんピンもavexの仕切りだったので、ECDやYTR★が中心で動いてたんじゃないかと思います*)、じゃあこの三軸なら、「YOU THE ROCK★とTHA BLUE HERBのBEEF」という体裁を取りながら、90年代から00年代以降までの流れを概観する、みたいな内容のものにできるんじゃないかな? とか思い、やり始めたはいいんですが、まとめるだけで中々大変でした(そりゃそうだ)。

それで「今度でいいや」とほっぽっといたら、まさかの「YTR★ × TBHR」の報。そして、僕はそのタイミングまでに、ユウさんの過去作とかインタビューとかをある程度さらい直してた後だったので、それ込みでアルバムを聴いたらまあヤられてしまいまして。それで、これは何かしら形にせねば!という感じでどうにかまとめ上げたのでした。だから、あの記事に手をつけたのは全然、今年の初めとかでした。「イルミナティカード」の記事*より前でした。

そしたら、YOUさんご本人がFacebookでリアクションをくれていまして、大変ぶっ飛びました。さらにはDJ YASさんからも ―公開のものではなかったので詳細は控えますが― 好意的なメッセージをいただき(また、その際に一点ご指摘をいただいた部分を訂正しました*)、たぶん千葉タカシさんも見てくれた(のかな?)ようです。色々な人の目に触れるというのは、ワクワクすることでもあり、同時に気の引き締まるものでもあります。

そして、僕が「情報DIGの先輩」、そして「インターネットの先輩」として一方的に敬意を持っているばるぼらさん(@blogdexjp*)が、先の記事に触れながら「BLAST事変以前」においてTHA BLUE HERBを取り上げた媒体を紹介するという、およそばるぼらさんにしかできないであろう「雑談」を公開してくれました。恐れ多い……。とても雑談というレベルのものではないです。

今のところ無料で公開されていますので、弊サイトの例の記事が面白かったという人はぜひあわせて読んでみてください。「それ以前」の状況がより立体的になると思います。






99年9月のYELLOW


THA BLUE HERBが東京での2度目となるライブを行ったのが「TIGHT」であったこと、そしてその直後、古川耕氏がTHA BLUE HERBへの直接取材のため、自費で札幌へ赴いたことは、本編の「vs YOU THE ROCK編」、そして「vs RHYMESTER編」でも述べました。

このインタビューは実質的に、この後のシーンの「局面」を決定づけるものとなり、「地方対中央」という構図をリスナーに提供するに至らしめた、直接の引き金となったものだったと思います。そして実際、「vs RHYMESTER編」でも述べたとおり、このインタビューはRHYMESTERとのBEEFの火種にもなり、RHYMESTERはこのインタビューでのBOSS THE MCの発言を踏まえ、それに対して翌年、『ウワサの真相』の中で「お前のゲージュツとやらに幸あれ」というアンサーを返し……という、そこから先の流れはこちらに譲ります。


その上でこの1999年12月号のインタビューを見てみると、サラッと興味深い発言があります。

東京来ても、トップでいる自信はあるんですよ。正直なところ。リリックの面でもライヴ・パフォーマンスの面においても。こないだのライヴも(MC)シロウ君とかも見に来てくれてたけど、あそこら辺には絶対隙間はないんですね。それは痛感したんですよ。

という、この、両者の仲が結果的にこじれてしまう「直前」のYELLOWでのライブに、実は宇多丸が来ていたんですね。これからの長い両者の緊張関係を思うと、なかなかに面白い事実です。当然、BEEFになる前だったからサラッと記述なんですね。これは本当は「vs RHYMESTER編」に入れたかったやつでした。彼らは色々あった後、2010年に再会を果たしますが、その時のBOSS THE MCのブログの中で語られる「1999年の秋、YELLOWでライブした時に来てくれて、終わってから話して以来」*とは、まさしくこの時のことを指します。






90年代の札幌


BLACK MONDAYやさんピンcampの頃、90年代の札幌では何があったのか? という章を一章だけ作ったんですが、それに入れ切らなかったやつで面白かったのが、B.I.G.JOEがGURUのJAZZMATAZZに参加しかけてた、という話でした。

DJ Tama : Gang Starrのギグのアフターパーティーで、ジョージがフリースタイルしてたんだよ。そしたらね。Jeru The DamajaとかAfu-Raとかみんな入ってきて。

B.I.G. JOE : Guruなんて目の前にいて、超ノッていたから、負けじとフリースタイルやって、そしたらその後クラブの外で「Jazzmatazzのワールドワイド盤を作ってるからやんねーか?」って誘われたんだよ

DJ Tama : で、そこに元ShalamarのJeffrey Danielが札幌でラジオDJをやってて、Jeffreyが間に入ってコンタクトを取ってくれるってことになったんだけど・・・

B.I.G. Joe : でも、なんでダメになったんだろ。

DJ Tama : 連絡来なかったとかじゃなかった?

B.I.G. Joe : Guruに連絡したんだよ、オレ。でもその時、寝起きかなんかの機嫌が悪い時に電話したっぽくて、そこで終った(笑)。

B.I.G. Joe x DJ Tama (1/2) *
という、「Gang Srarrのライブの後で、GURUも交えた席でフリースタイルしてたら、B.I.G.JOEがGURUからJAZZMATAZZに誘われた」という、まあまあな事件が発生していたようです。

また、札幌の服屋「h-STORE」のブログには、当時を知るスタッフによる、こんな記述があります。

1994年、ギャングスター(GURU&DJ PREMIER)がLIVEで来札。偶然同じ日LAから一時帰国中だったdj hondaも札幌に。お互いすでに知っている仲だったので、Live終了後の楽屋で対談、色々な話に。(デビュー前のJeru The Damajaもいた)
Live終了後のAFTER・PARTYでは、GURUがFree Styleを始めると、dj honda はDJブースへ。これには、その場にいたオーディエンスもビックリ。めったにない特別な日となったのは言うまでもなく、超盛り上がり!
GURU&DJ PREMIERがdj hondaのデビュー・アルバム「h」で参加することになったのも、この札幌で会えた事もきっかけとなった様です。後にdj hondaにフィーチャリングするJeru The Damajaもこの札幌ですでに会っていとは何かの縁ですね(dj honda feat:&Jeru The Damaja “EL Presidente”)
AFTER・PARTYでは地元札幌からBigJoe(MJP)やBoss(TBH)、DJ Tama(SPC)とか皆んないたね!この日の札幌は熱かったよ・・・

話は戻って、その頃の店名は”GANGSTAR”。ギャングスターが来札中に提案してくれたのが”R”をとったこの”GANGSTA”。つまりこの名前は、dj honda・Guru&DJ Premierに命名してもらった訳です! ありえないような事実です。

このエピソードは、ニート東京*の中で「99年とか8年とか」とうろ覚えぎみに語られています。いまひとつ時期が判然としないんですが、上記のブログが「Jeruのデビュー前」と言ってたりするので、総合的に見ると94年頃の方が有力かなと思います。94年頃といえば、まだ日本語のヒップホップが冷遇されていた時代で、「アメリカの黒人のラップこそ正義」みたいな空気が多分にあった時代ですから、この時代にB.I.G.JOEが日本人としてJAZZMATAZZに参加していたら……というIFを想像してみると面白いです。

このショップの当時の名前もGangstarrがつけた(この時はアルシェの6階にあったようです*)というのも面白いです。札幌のこの辺、もうちょっと掘ってみたいなぁと思っています。






DISをしないYOU THE ROCK★


98年のYOU THE ROCKのアルバム、「ザ★グラフィティロック’98」は、今にして思えば、むしろ「STILLING〜」より全然「異端」的な作品だったと思うんですが、この当時のYOU THE ROCKがラメルジーに傾倒していたことは本編の方で述べました。で、一方でこのライナーにはYOU THE ROCKと竹前裕の間で葛藤?するかのようなイラストが差し込まれていたりしました。そして、このアルバムには「DUCK ROCK FEVER」という、YOU THE ROCKの代表曲の一つが含まれています。



で、これのプロデュースを手掛けたのがスチャダラパーのSHINCOだったんですよね。YOU THE ROCK★は「証言」の中でスチャダラパーを揶揄してしまったことをずっと後悔していたようです(仲は良かった)。ましてや当時は「さんピンとLB」的な構図もありましたから、尚のことだったと思います。その「精算」的な意味合いもあった曲だったのだと思いますが、両者はここで共作を果たしていました。

だから俺もDisの経験者だし、それがブーメランになって自分に返ってくるのが分かるんだ。あのあと俺は”DUCK ROCK FEVER”って…俺の1番のヒット曲を(スチャダラパーの)シンコちゃんと作ったからさ、もうそこで終わった話なんだよ。でも俺は毎週末、証言を歌うたびにそのラインを歌わなきゃいけない。そうなるとすげえ辛いんだよ、俺だけ自分で苦しんでる。

インタビュー:YOU THE ROCK★, ILL-BOSSTINO – 再起。兄貴としての責任を果たす*
そして彼のこの時の「後悔」と符号するかのように、YOU THE ROCK★の最新作「WILL NEVER DIE」には、わずかでも誰かを貶める、あるいは揶揄するような曲は一曲もありませんでした。

俺は「誰かが悲しむのはNG」なの。長年パリピやってきたからこそ、今特に強く思うことだよね。あと、今回のアルバムは意識したわけではないけど、気づいたら誰かを悲しくさせるフレーズを使ってなかったんだよね。O.N.Oちゃんに言われて初めて気づいた。ここに来て誰もディスらないヒップホップができるようになったんだよね。もうそういうのが嫌なんだ。

【インタビュー】YOU THE ROCK★ 『WILL NEVER DIE』| 札幌でTHA BLUE HERBと共に作り上げた11年ぶりのアルバム*
という、その辺がこの作品の成熟だと思いましたし、あそこまでの「凋落」を ―とあえて言ってしまいますが― 経てなお、やはり「パリピ」であるという、それはYOUさんにしかできないラップの最新形であり、到達点であったのだと思います。そしてそれらを非常にバランスよく、そして手際よくO.N.O.が汲み取っていたのが本作でした。ああ、今自分で書いて思いましたが、「手際よく」ってぴったりな気がします。





O.N.OとYOU THE ROCK★


YOU THE ROCK★はインタビューの中で、「O.N.O.との制作がとにかく楽しかった」という趣旨の発言を幾度もしています。毎日きっちり5時までに切り上げることを目標に曲を作っては、そのまま平岸にある居酒屋「かみがしま」になだれ込み、酒を飲みながら翌日の制作プランを語らい、そのアイディアをもとに翌日また制作を開始するという、ある意味健康的(飲み過ぎなければ)なルーティンは、YOU THE ROCK★にとって、非常に心地の良いものだったようです。

という、それを踏まえた上で、FacebookでYOU THE ROCK★とO.N.O.が、すごい良いやりとりをしているのを目撃したので、ちょっと紹介します。これはもうアルバムが出た後ですね。

ふふふ
とあるところからの
情報が入って来て
行ったら
本当にあった❣️
ステーキ🥩屋さんの
リベラ目黒店の前にある
ローソンで発見❗️
超嬉しいZ❗️
勿論買占めましたよ
最高ですDefレッシュ❣️
大事な情報ありがとうございました😭



そして、これに対する返信がO.N.O.から発されていました。
「オリオン飲んでた」
僕は当時、たまたまこれを目撃して爆笑してしまいました。思えばYOU THE ROCK★、BOSS THE MC、DJ YASとともに、O.N.Oも同い年です。この作品はやはり、同じ風景やカルチャーを共有してきた彼らがタッグを組んだからこそ作り得た作品だったんだろうな〜と思いますし、そういう意味でも非常にこう、ピースフルでいいなと思える一枚です。

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